1941年中国大陸・台湾・石垣島皆既日食(41)

伊達英太郎氏天文蒐集帖の新聞記事より(1)

 1941年(昭和16)9月6日の荒木俊馬氏による新聞記事です。

 新聞記事によると、九州帝国大学 伊藤徳之助教授班は、台湾基隆市の名望家 顔欽賢氏の庭園を観測場所にすることができたようです。また、西村繁次郎氏は、台湾冨貴角で、ミヤニ式望遠写真機を使ってコロナ撮影をする予定と書かれています。

 ミヤニ式望遠写真機

 皆既日食が人体にどう影響を及ぼすかを、医師が真剣に研究していたことが分かります。仮定第四線、微粒子線等の言葉が見られます。

(引用)

新聞記事は伊達英太郎氏天文蒐集帖、写真は伊達英太郎氏天文写真帖より

中村鏡とクック25cm望遠鏡

2016年3月、1943年製の15cm反射望遠鏡を購入しました。ミラーの裏面には、「Kaname Nakamura maker」のサインがありました。この日が、日本の反射鏡研磨の名人との出会いの日となりました。GFRP反射鏡筒として現代に蘇った夭折の天才の姿を、天体写真等でご紹介します。また、同時代に生きたキラ星のような天文家達を、同時期に製造されたクック25cm望遠鏡の話題と共にお送りします。

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