• 中村要鏡とクック25cm屈折望遠鏡
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中村鏡とクック25cm望遠鏡


2016年3月、1968年製の15cm反射望遠鏡を購入しました。ミラーの裏面には、「Kaname Nakamura maker」のサインがありました。この日が、日本の反射鏡研磨の名人との出会いの日となりました。FRP反射鏡筒として現代に蘇った夭折の天才の姿を、天体写真等でご紹介します。また、同時代に生きたキラ星のような天文家達を、同時期に製造されたクック25cm望遠鏡の話題と共にお送りします。

2026.08.11 01:50
クック10cm天体写真機
 かつてクック25cm屈折望遠鏡に同架されていた、口径4インチ(101.6mm)焦点距離27.3インチ(693.42mm)F6.8の写真機です。レンズは、凸凹凸の3枚構成。有名なクックのトリプレットです。現在は、クック25cm屈折望遠鏡のドーム内に展示保存されています。 右端の四角い板がシャッターの役目をします。長時間露出をする必要から、蓋を跳ね上げるような構造になっています。続いてフード、黒い部分がレンズユニット、そして鏡筒です。左端がガラス乾板をセットする部分です。 「10cm天体写真機 25cm屈折望遠鏡とともに英国クック会社より購入したものです。戦前、海洋気象台(神戸)で太陽の写真撮影や皆既日食観測のため海外に出張した日本の観測隊が何回も使用し...
2026.08.11 01:50
クック望遠鏡の細部
 2022.5.13に撮影した、クック望遠鏡の細部をご紹介します。 赤緯軸のタンジェントスクリュー式部分微動装置です。赤緯目盛環の巨大さが分かります。
2026.08.11 01:49
クック物語(9)
 2022年3月28日、かつて海洋気象台があった宇治野山(うじのやま)を訪ねました。今はマンションが建っています。
2026.08.11 01:49
クック物語(8)
(クック望遠鏡に取り付けられたCMOSカメラ)  神戸のクック望遠鏡は、2023年(令和5)に生誕(製造)100周年を迎えました。 口径25 cm を超える世界のクック望遠鏡は、1870年製の63.5 cmニューオール望遠鏡(ギリシャ、アテネ国立天文台のペンテリ天文台)、1860年製の25 cm ケンジントン望遠鏡(イギリス・デボン州のノーマン・ロッキャー天文台)、1860年製の25 cm バークレー望遠鏡(イギリス・ウィルトシャー州のマールボロ・カレッジ)、1871年製の25 cm 望遠鏡(スコットランドのミルズ天文台)です。神戸の25 cm を含めると、わずか5台ということになります。 1860年製のクック望遠鏡がまだ現役なのですから、1923年製...
2026.08.11 01:49
クック物語(7)
 1995年(平成7年)1月17日午前5時46分、兵庫県淡路島北部あるいは神戸市垂水区沖を震源とする、M7.3の巨大地震が兵庫県南部を襲いました。兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)です。
2026.08.11 01:49
クック物語(6)
 ついに、クック望遠鏡の目覚める時がやってきました。1981年(昭和56)、神戸市中央区の海上に造られたポートアイランド(人工島)の1期工事が竣工しました。
2026.08.11 01:48
クック物語(5)
 神戸海洋気象台のドーム内で眠り続けていたクック望遠鏡の活用に向けて、熱い思いを持っていたのが、西村雅司氏(西村写真研究所)でした。西村氏は、東亜天文学会神戸支部のメンバーとも交流があり、クック望遠鏡の神戸市への移譲に熱心でした。
2026.08.11 01:48
クック物語(4)
 1945年(昭和20)8月15日、終戦を迎えても、クック望遠鏡は歪んだドーム内で眠ったままでした。 1950年(昭和25)、神戸海洋気象台(海洋気象台から1942年に改称)に片山昭氏が着任しました。片山氏は、天文学を専攻していたこともあり、何とかクック望遠鏡を使うことはできないかと考えました。そこで、京都の西村製作所に、ドームの復旧工事を依頼しました。その結果、なんとか二人がかりでドームやスリットを動かすことができるようになりました。とにかく、クック望遠鏡は使用できる状態になり、片山氏は「星のシンチレーションと上層大気の乱流」についての研究を行いました。 それからの7年間、クック望遠鏡は目覚め続けました。ところが、片山氏が東京管区気象台に転勤した後、...
2026.08.11 01:48
クック物語(3)
 海洋気象台は、1924年(大正13)4月15日に竣工しました。すぐに、技師の関口鯉吉氏は、一木茂氏と共に太陽観測を始めました。1924年(大正13)4月に「水星の太陽面経過」、1925年(大正14)12月に田口龍雄氏と共に「太陽黒点、白斑及び緬羊斑の運動に就いて」、1926年(大正15)11月に、これも田口氏と共に「気温に及ぼす太陽活動の直接作用の検出」を、海洋気象台の機関誌「海と空」に発表しました。関口氏がクック望遠鏡を活用した期間が4年間。その後、関口氏が中央気象台に転勤にしたので、一木茂氏が太陽黒点の観測を7年間継続して行いました。1929年(昭和4)6月7日、昭和天皇が神戸を行幸し、クック望遠鏡で太陽黒点の観察をされました。この11年間が、ク...
2026.08.11 01:47
クック物語(2)
 クック望遠鏡が、天文学と無縁の海洋気象台に設置されるにあたって、重要な役割を担った人物の一人が、当時中央気象台と海洋気象台の台長を兼務していた岡田武松氏(1874-1956)でした。
2026.08.11 01:47
クック物語(1)
 私は、バンドー神戸青少年科学館の観測室を訪れるたび、いつもクック25cm屈折望遠鏡に畏敬の念を抱きます。その理由は、かつての名門望遠鏡メーカーが製造した、世界的にも希少な器械であることが挙げられます。しかしそれ以上に、激動の歴史を生き抜いてきた高貴な存在が、そこに泰然と立っているように感じられるからなのです。 これから9回にわたって、この望遠鏡がたどった波乱に満ちた生涯をお伝えします。
2026.08.11 01:46
T. Cooke & Sons 25cm屈折望遠鏡
  兵庫県神戸市中央区の人工島(ポートアイランド)に、バンドー神戸青少年科学館があります。ここには、かつて海洋気象台(神戸)に設置されていたT. Cooke&Sons製(イギリス)25cm屈折望遠鏡(1,4枚目写真)があります。当時のT.Cooke&Sonsの天体望遠鏡は、世界最高性能を誇っていました。購入価格は5万円(現在の貨幣価値に換算すると約1億5千万円*)でした。日本国内に輸入された屈折望遠鏡では3番目に古いものです。

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