ローソップ島皆既日食(21)

南洋ロソップ島に使して(1)

　水路部　秋吉利雄海軍中佐（当時）が、「海行かば」に執筆した「南洋ロソップ島に使して」を2回に亘ってご紹介します。

　写真は、23歳頃の秋吉利雄氏。恩師の牛島牧師に贈られたものです。

南洋ロソップ島に使して

水路部部員　海軍中佐　秋吉利雄

１　去る1月15日、軍艦春日皆既日蝕の観測に行く学者の一行を乗せ遠く南洋ロソップ島に向けて横浜を出港した。航路1890浬（かいり）、24日人員と器材とをロソップ島に陸揚げして、春日は其の任務の都合上一旦横須賀に帰った。観測隊は2月14日首尾よく観測を果し、20日にトラック迄引揚げて来た。之を迎へる為に春日は再度南下してトラックに向い、収容の後2月23日同地を発し3月3日無事横須賀に帰還した。

　筆者は任務を以てロソップ島に派遣され、幸に観測隊一行と終始起居を共にして来たので、ここに少しく見聞や感想を書綴って見ようと思う。

2　日蝕は平均100年間に約238回起るが、この内皆既日蝕は66回、所に依って皆既とも金環蝕ともなる場合が10回であって、皆既蝕を見得る地域は毎回異る。故に皆既蝕を限られた地域内で見ようとすると其の機会は極く少ない。例えば過去50年間に我領土内に起った皆既日蝕は次の4回に過ぎない。即ち、明治20年(奥羽南部）、29年(北海道東部）、大正7年(南鳥島）及今回委任統治領東カロリン群島附近でのものである。尤（もっと）も今後10年計りの間には、昭和11年(北海道北部）、昭和16年(沖縄地方）、昭和18年（北海道中部）と続いて見られるが之は誠に好運な巡り合わせというべきである。

3　去る2月14日の皆既日蝕の中心線は概ね太平洋の真中を通過し、器械を据えて専門的の観測が出来るのは前記ロソップ及其の東方にあるオロルックの2島に限られることは前からの計算で判って居た。ロソップ島はトラック島の南東約60浬にある環礁内の1つの島で、 面積僅（わずか）に6町歩、島民380という、南洋庁の人にすら餘り能く知られて居なかった位の島である。

4　天文学的にも色々な分科がある。其の内の天体物理学の研究が近年盛になったが、更に其の内で太陽の組成の研究は特別な部門を成して居り、此の研究には皆既日蝕の時でなければ観測の出来ないことが多々ある。又天体力学の方からは、太陽と月との正確な位置関係を確め、或は又相対性原理の1つの証明となる観測も皆既日蝕を利用して行われる。さらに無線電信などの電波の伝播や、地球磁気等が皆既日蝕と如何なる関係があるかと言う事も地球物理学の方面から興味ある問題である。然るに前述の如く皆既日蝕なるものは珍らしい現象である上に諸種の条件から拘束されるので、都合よく観測される機会は極めて稀と言わねばならぬ。さればこそ従来縷次（るじ）天文学者は大洋を渡り荒野を横ぎり、多くの困難と闘って皆既日蝕の観測を企てたものである。しかも皆既の時間はと言うと長くて7分間、普通2,3分に過ぎず、不幸其の間に曇りでもしたら分光器も写真も用をなさぬ結果となる。

5　ロソップ島では皆既の時間は2分餘（よ）得られる計算であった。此の島で観測するとすれば、事前3週間内外の準備を必要とするが、家はなく、水は雨水より外に得られず、食糧品も全くない。併（しか）し一番困ることは便船である。日本郵船の定期船でトラック迄は行けるがそれも月に1回である。慣れない船を出すとしても、珊瑚礁の暗礁の多い海面で、測量も不充分であるから航海上の困難や危険もあり、総ての点に於て不便が多い。是等の困難を打破して重要なる観測を敢行せしめる唯一の手段としては、我海軍が之に後援を与うること以外にはなかった。仍（よっ）て海軍では、特に軍艦春日を派遣して人員器材の運搬に充て、同時に此の作業の国際的性質に鑑み、文部省から広く世界の天文台に案内を発して、横浜南洋間の往復に無料便乗を取計う旨を通告した。尚此の他、島上の居住、食糧、電気、氷や清水の供給、交通、通信に関する世話は南洋庁を主とし、水路部が之に協力援助することになったのである。

6　案内に応じて外国から軍艦便乗の申込が来たのはフランスの4名、アメリカの5名、ソビエト・ロシアの4名等であったが、後に多くは財政上の都合から取消しとなって、愈々（いよいよ）同行したのはアメリカからの2名のみであった。我国からは東京天文台8名、京都帝大10名、東京帝大2名、逓信省2名、文部省1名、海軍からは水路部3名、技術研究所5名、以上合計33名之に新聞記者7名、傭人9名が加わり、之丈けが春日に便乗を許された。此の外、島上での用務の為に春日の臨時定員として一行に加わった下士官兵諸君15名を合せ総勢64名である。各班とも夫々（それぞれ）独立した団体である為に、筆者が幹事なる名称で世話役をも務めることになった。

　望遠鏡其他各班の器械や材料、糧食等は、海軍で準備した約30張の天幕、宿舎材料、烹炊用具一式、発電機、無線電信機等と共に横須賀に於て春日に積込まれ、人は横浜に回航した同艦に乗って1月15日午後3時横浜岸壁を離れ、科学遠征の途に上った。

7　出港の翌晩風速29 m という時化（しけ）に遭い、其の後も海上は風波強かったが1月23日午後8時（内地での7時）ロソップ環礁の西方に着き、南洋庁水産指導船瑞鳳丸（180 t ）と会合し、打ち合わせを行った。同船は、爾（じ）後観測隊の作業を援助する為に南洋庁から特派されたもので、1月15日パラオを出て以来荒天に難航を続け、ロソップに着いた計りで、不眠不休の儘（まま）春日の来着を待受けたのであった。

　翌24日未明より環礁外で春日の総短艇及び瑞鳳丸に依って荷物の陸揚げを始めた。海上風波高く作業は困難を極めたが折よく南洋庁命令航路の第6平栄丸が来合わせたので、同船を春日に横付けして荷物を積移し、同船は水道に入って陸岸近くに投錨して荷を揚げた。此の為春日乗員は終日非常なる労苦を厭わず盡（じん）力されたが、日没後陸上方面の作業員は本艦に引揚げることになり、ランチ1隻カッター4隻は夜来水道入口を発見すること困難の為非常なる危険を冒し幸い筒がなく本艦に還り、春日は午後10時頃島外を去ってトラックに向った。残された荷物は午後11時半に及んで全部陸揚げを終わった。全体の荷物は個数にすれば約700、容積150 t を下るまいと推定された。

（出来るだけ原文に沿って書き起こしました。現代ではあまり使わない漢字や送り仮名もそのまま使用しています。）

（引用）

海行かば第21號,海軍省構内海行かば発行所,昭和9年6月1日

故秋吉利雄氏保存資料