山本一清氏の退官(2)

 以上が上申書の全容です。真実がどこにあるのか?これを読んでも私には判断ができませんでした。しかし、かなりの悪意が山本一清氏に向けられていたことは確かなようです。

 これは天界(1938年6月号の附録)に掲載された「山本博士の道」と題する文章です。

 上申書やこの文章を読むと、学者間の妬みや悪意は本当に醜いものだと分かります。

 山本一清氏の京都帝国大学退官事件は、日本の天文学界の進歩を歪ませてしまう重大なものでした。一体誰がそれを仕掛けたのか、はっきりさせなければ気が済まないという憤りがふつふつと湧いてきました。

(資料は全て伊達英太郎氏天文収集帖より)

中村鏡とクック25cm望遠鏡

2016年3月、1943年製の15cm反射望遠鏡を購入しました。ミラーの裏面には、「Kaname Nakamura maker」のサインがありました。この日が、日本の反射鏡研磨の名人との出会いの日となりました。GFRP反射鏡筒として現代に蘇った夭折の天才の姿を、天体写真等でご紹介します。また、同時代に生きたキラ星のような天文家達を、同時期に製造されたクック25cm望遠鏡の話題と共にお送りします。

2コメント

  • 1000 / 1000

  • double_cluster

    2022.04.03 22:29

    ありがとうございます。几帳面な伊達氏だからこそ保存されていた資料ですね。山本一清氏(衆議院出馬、三五教との関係等々)及び東亞天文協会の激動の歴史を考えると、山本一清氏の京大退官は残念でなりません。 月の撮影成功おめでとうございます。明日の朝、再接近する土星と火星をコンデジで撮影しようかと思っています。
  • manami.sh

    2022.04.03 13:34

    いろいろ貴重な資料が残っているのには驚きます。 山本一清氏はS13.5.31付依願免官の前後に叙位されていますが。 5.30付で従四位に叙されています。5.27付 裁可、5.31付 官報掲載。 文部大臣官房秘書課長が内閣書記官に退官発令前に発表されるよう依頼しています。 また、間髪を入れずに、正四位への特旨叙位が5.31付で文部大臣 男爵 荒木貞夫より奏上され、 6.3付で裁可、6.13付で叙位、官報掲載されています。 他の方々についても調べてみればわかることでしょうが、こんなものなのでしょうか。 何となく釈然としないです。 今日は晴天で、SX730HSで細い月を撮りました。地球照がきれいでした。