1941年中国大陸・台湾・石垣島皆既日食(22)

南洋ロタ島事情(1)南洋庁・南洋興発との打ち合わせメモ(1941年7月2日)

 1941年(昭和16)7月2日付の水路部・秋吉利雄大佐のメモです。南洋ロタ島への皆既日食遠征には、多くの配慮すべき事柄があったことが分かります。

 「16-7-2 南洋庁久保部長 中村氏

 南貿の船 サイパン・ロタ間のものなしー寄港命令あれば寄る 長命丸195 t 8/22サイパン着北

 興発 臨時船回航するものあり なし(赤字)

 9月4,5日位

 ◯◯船なし

 個人の船 三良丸 興発系 鳳南◯◯の船は如何? ポッポ

 毎週 水曜発 日曜 サイパン発

 ◎近江丸に◯のせん法 ヤップ入港時刻に支障あり(赤字)

 銀座(57)5404 4503-4(7022)」


 「ロタ サイパン間 ポッポ40トン

 前もってなら 時日指定通り動く 4円也 南洋?支庁に◯し ◯けた可なり

 1週間に1回位 動き可なり

 (三良丸 鳳南) (彩天丸 南発) (?    )

 3社にて交互に運航す 重油持参すれば可なり 7-2 南洋興発 中村庶務課長談」

(引用)

故秋吉利雄氏保存資料

中村鏡とクック25cm望遠鏡

2016年3月、1943年製の15cm反射望遠鏡を購入しました。ミラーの裏面には、「Kaname Nakamura maker」のサインがありました。この日が、日本の反射鏡研磨の名人との出会いの日となりました。GFRP反射鏡筒として現代に蘇った夭折の天才の姿を、天体写真等でご紹介します。また、同時代に生きたキラ星のような天文家達を、同時期に製造されたクック25cm望遠鏡の話題と共にお送りします。

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