幻のロタ島日食遠征(1)突然の中止命令電報
ロタ島日食遠征の中止は、突然決まりました。日米開戦の危機が迫る中、南洋群島への渡航は海軍が危険と考えたのでしょうか。
上は、水路部 秋吉利雄海軍大佐の電文原稿です。日付は7月17日です。
「7-17 伊藤教授来部 海軍名に◯◯
福岡市鳥飼町3-194 鈴木清太郎
ロタユケヌ タイワンニユカレテハイカガ」イトウ」 アキヨシ
仙台市片平町
東北帝国大学理学部 加藤助教授
ロタユケヌ ホカニカヘラレタシ」アキヨシ
上海フランス ソカイ 上海自然科学研究所
ロタユケヌ ホカニカエラレタシ」アキヨシ
「ロタノカハリニ アジンコウトニ 10メイ
ロタニ
ロタノカハリニ ホウカセウニ ガクシャ ヤク10メイユクコトニナルヤモシレズ オセワネガヘルヤ」スイロブ アキヨシ
台湾 台北 文武長
台湾総督府 気象台長」
「昭和16年7月18日
電見た 伊藤 氏の意見に従う 鈴木」(九州帝国大学)
「昭和16年7月19日
ロタ行き 大臣宛 出願手続き 如何」(上海自然科学研究所)
(「出しても許可得られず 今日 航空便出した」19日返電 秋吉)
「昭和16年7月18日
アジンコート 差し支えなし」(台湾気象台)
「昭和16年7月18日
東中に対するご配慮感謝す 泰安丸4予約出来た 荷物6(7?)31日 一行は6日立つ」
(上海自然科学研究所)
「昭和16年7月18日
承知した 委細上京面談」(東北帝国大学 加藤助教授)
この時点でも、上海自然科学研究所 東中氏には、ロタ行き中止の趣旨がうまく伝わっていなかったことが分かります。
「昭和16年7月20日
明日 朝行く 中村」(東北帝国大学)
「昭和16年7月19日
サイパンよりテニアンまで 便船にて 行かれぬか」(東北帝国大学 加藤助教授)
(「行けぬ」速達出した 19日夕)
「昭和16年7月23日
委細承知 これまでの御好意 深謝す」(上海自然科学研究所)
突然のロタ行き中止命令に、各大学・研究所がいかに狼狽したかが分かる、生々しい資料の数々です。
(引用)
故秋吉利雄氏保存資料
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