2通の礼状(九州帝大伊藤教授、東北帝大松隈教授)
九州帝国大学 伊藤徳之助教授のハガキです。ハガキの消印は、1941年(昭和16)9月17日午前(台湾・基隆)です。
「西村氏内地 窪川氏彭佳嶼(ほうかしょ、アジンコート) 天気悪しく彭佳嶼行きの船なし 一隻座礁
冠省 11日出帆 台風を神島のかげにさけて平穏なる航海 12日着基 他の特別便船暴風警報にて 出発未詳 13日より豪雨降りやまず 13日酒井少将を御訪ねせしも 御忙しき様子 2~3分御話申せしのみ 幸 要塞副官の本田中尉と懇談 山手は一切不可なれば 顔氏という台湾一の富豪の邸内に天幕をはり 観測をすることと相成り候 鈴木氏は白鳥氏と行を共にし 草山に赴き候」
「1941年中国大陸・台湾・石垣島皆既日食(41)」の新聞記事と同一の内容が書かれている貴重な資料です。
こちらは、東北帝国大学 松隈健彦教授です。消印は1941年(昭和16)10月29日午前です。書き込みは、「数日前 配電盤をお送りしました ありがたく 何れ(いずれ)来月2日 学研にて御礼申し上げます」です。
以上で、1941年皆既日食資料の公開は終わりです。長らくのお付き合いいただき、ありがとうございました。
太平洋戦争開戦間際の切迫した時期に、海軍の要職にあった秋吉利雄海軍少将。それ故に知り得たことを、戦後も資料として保存すべきだとご判断されたと思います。これらの資料は、これからも後世に引き継がなければならない財産だと強く感じます。
資料を保存してくださった、故秋吉利雄海軍少将に最大限の敬意を表します。
1941年中国大陸・台湾・石垣島皆既日食資料が綴られていた、故秋吉利雄氏の資料表紙。
(引用)
故秋吉利雄氏保存資料
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