火星の運河

1941年(昭和16)10月20日の火星(木辺成麿氏撮影)

 火星の運河については、19世紀後半から20世紀前半にかけて、天文学界のみならず一般大衆にもたいへん興味を持たれた問題でした。

 1877年イタリアの天文学者ジョバンニ・スキアパレッリが、火星の「溝」と記入したイタリア語の(canali)が、「運河」(canals)と英訳されたことが事の発端と言われています。それから、プロ・アマを問わず、火星には植物や灌漑設備を建設することができる高等生物が存在するなど、想像を膨らませる騒ぎになったことは皆様もご存知のところです。

 日本の天文学界でも、その影響がかなりあったようです。

 1934年(昭和9)12月10日に発行された「THE MILKY WAY」(天文研究会・天文同好会大阪南支部会報、伊達英太郎氏編纂)に、木辺成麿氏(当時花山天文台員)は、火星運河問題について投稿しています。

『運河問題については、当然一言せねばならないが、これは賛否は言えない。かの「バーナード」が「天気の最良の時に見える実に微細な様子は、誰も絵にかけない」と言っているのが真に近いかと思っている。

 「ローウェル」によると、極冠が解けてその水?が次第に赤道方面に及んで、運河の色が変わる促進波をさえ認めているのである。こんなところは素直に聞くだけ聞けばよいので、そう思い込んではならないだろう。観測者はすべて出来るだけ白紙の立場が大切なのだから・・・・・・。』

 木辺氏の、観測者としての透徹した眼差しが表した、名文だと私は思いました。


 今日の写真は、1941年(昭和16)10月20日に、木辺成麿氏が撮影した火星です。口径310mm焦点距離1240mmカセ・ニュートン反射鏡の直焦点撮影像です。乾板上の火星は、直径約1mmです。乾板をi Phoneで撮影し、反転処理と画像処理をしました。乾板上では何も見えませんでしたが、画像処理をしたところ、南極冠や火星面上の模様が分かるようになりました。木辺氏の反射鏡の優秀さがよく分かりました。

参考文献:THE MILKY WAY,伊達英太郎氏編纂,天文研究会・天文同好会大阪南支部,1934

火星の運河,Wikipedia,2020.12.5閲覧

中村鏡とクック25cm望遠鏡

2016年3月、1943年製の15cm反射望遠鏡を購入しました。ミラーの裏面には、「Kaname Nakamura maker」のサインがありました。この日が、日本の反射鏡研磨の名人との出会いの日となりました。GFRP反射鏡筒として現代に蘇った夭折の天才の姿を、天体写真等でご紹介します。また、同時代に生きたキラ星のような天文家達を、同時期に製造されたクック25cm望遠鏡の話題と共にお送りします。

2コメント

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  • double_cluster

    2020.12.06 07:35

    コメントをありがとうございます。海老沢氏の分類、すごいですね。勉強になります。ありがとうございます。火星をCMOS撮像していると、シーイングがあまりよくない時は、写野の中で火星が揺れ動き、さらにシーイングが悪い時は、火星が沸騰しているように見えます。火星観測は、シーイングとの戦いなんだなあと、つくづく感じます。冷静に、一瞬の落ち着いた像を見逃さないように・・・。「火星観測者の心構え」として、佐伯恒夫氏が「強い意志と猛烈なファイトを持ち、観測というかなり激しい肉体労働に長年の間耐えられる程の頑健な身体を作るように心掛けること。」(火星とその観測,佐伯恒夫,恒星社厚生閣,1977,P90-91)と述べておられることとも通じるように思います。火星の眼視観測(一瞬の良像を求め記憶する)とCMOS撮像(一瞬の良像、ラッキーイメージを集積する)、対極のようであり、本質的には近いのかもとも感じています。
  • manami.sh

    2020.12.06 05:44

    こんにちは。 ありがとうございます。 直焦点とのことなので像は小さいのでしょうが、口径も大きいので、撮影時のピントがちゃん と合っていれば写りますよねぇ。 ただ、当時の観測環境を考えれば、大変だったと思いますし、再現したのもの すごいです。 現代の技術で、当時の観測資料が蘇りますねぇ。 また、木辺氏の観測姿勢は、戒めになります。 海老沢氏がスケッチの画法により火星観測者を分類していますので、参考まで。 ①ローウェル派 (運河を細く線状に描く)  ②ピカリング派 (運河を太くバンド状に描く) 日本では中村要、伊達英太郎、前田静雄 ③アントニアジ派 (線状の運河を描かず、全体の模様を自然に美しく表現する、望遠鏡で          見た感じに近い) 日本では木辺成麿、村山定男 ④その他 佐伯恒夫、モールスワース、ドールフェス        海老沢嗣郎「火星観測をはじめよう!」『子供の科学臨時増刊 火星』1954年から