北海道皆既日食(7)

東京天文台

 東京天文台が日食観測用に準備した30cm屈折赤道儀です。(8インチとあるのは、伊達氏の勘違いのようです。)

(引用)

1936年6月19日の日食に就て並びに日食観測に関する二三の注意,石井重雄,東京天文台報第三巻第四冊,1935

(資料は伊達英太郎氏天文蒐集帖より、写真は伊達英太郎氏複写)


中村鏡とクック25cm望遠鏡

2016年3月、1943年製の15cm反射望遠鏡を購入しました。ミラーの裏面には、「Kaname Nakamura maker」のサインがありました。この日が、日本の反射鏡研磨の名人との出会いの日となりました。GFRP反射鏡筒として現代に蘇った夭折の天才の姿を、天体写真等でご紹介します。また、同時代に生きたキラ星のような天文家達を、同時期に製造されたクック25cm望遠鏡の話題と共にお送りします。

2コメント

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  • double_cluster

    2022.09.21 04:57

    いつもご覧いただき、ありがとうございます。「てんぐ履物舗」について調べた資料が見当たらないのですが、記憶では、2006年頃廃業されています。今の西心斎橋あたり、岩橋(眼鏡・宝飾販売、岩橋善兵衛氏の子孫)の向かい側に店舗がありました。1945年の大阪大空襲で店舗は焼失し、その後、1953年に伊達英太郎氏が逝去されていますから、「てんぐ履物舗」にとっても、戦後は激動の時代だったでしょうね。伊達英太郎氏は、20代の頃は家業に関わって多忙だったようです。経営が主だったのではないでしょうか。
  • manami.sh

    2022.09.19 14:10

    部分日食の写真掲載ありがとうございます。 今、気になっているのは「てんぐ履物舗」のことですし、本来なら、 尊父 伊達佐一郎氏の長男であった伊達英太郎氏が「てんぐ履物舗」を継いだ のでしょうが。 また、伊達英太郎氏は履物師だったのか、履物を作ったりしたのか。 「てんぐ履物舗」は、1960年に経営形態が株式会社にかわり、代表取締役に は伊達佐一郎氏が就きます。それ以前にしても伊達佐一郎氏が店を取り仕切っ ていたわけですが。 なお、伊達佐市郎氏は大阪駅前専門大店の取締役も兼ねています。 伊達佐一郎氏の跡を継いだのは伊達公一氏ですが、「てんぐ履物舗」は、 その後、どうなっていったのでしょうか。