1941年中国大陸・台湾・石垣島皆既日食(28)

南洋ロタ島事情(5)上海自然科学研究所日食観測班メモ

 1941年(昭和16)7月11日12日、上海自然科学研究所日食観測班に関する、水路部・秋吉利雄海軍大佐のメモです。

「速水来部7-11 上海自然科学研究所研究員 東中 小寺(雇員) 浅海(嘱託)

帰り1等5名あと11 特3残りは3 12日電 佐々木学生の分申し込みあらず普3申し込めり」 

「7-15塩月氏より電話 10月3日サイパン丸1等5名 特3等11名取り置けり 九大理1農1東北2上海1 行きは何とかなるが帰りが困らん」 

「備考すべし1.作業に関しては大湊要港部の援助を与えらるる 2.」

「佐港務部運輸主任7-15 8月5日佐世保発 上海に2日位 漢口着は15日位 昭慶丸よき船にあらず」

(引用)

故秋吉利雄氏保存資料

中村鏡とクック25cm望遠鏡

2016年3月、1943年製の15cm反射望遠鏡を購入しました。ミラーの裏面には、「Kaname Nakamura maker」のサインがありました。この日が、日本の反射鏡研磨の名人との出会いの日となりました。GFRP反射鏡筒として現代に蘇った夭折の天才の姿を、天体写真等でご紹介します。また、同時代に生きたキラ星のような天文家達を、同時期に製造されたクック25cm望遠鏡の話題と共にお送りします。

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