清水真一氏のハガキ(23)

1943年1月6日年賀状

 「早々賀状賜り奉拝謝候 小生不相更(あいかわらず) 陸(ろく:きちんとしている)罷在候 御自愛祈乞(こいいのる) 静岡県島田町 清水真一」

「おうし座の土星(A)天王星(B)とCoggia-Tenpel-Oterma彗星 1942年12月31日19h47m」

 ステファン・オテルマ彗星(38P/Stephan-Oterma、上の写真には同彗星をComet Coggia-Tenpel-Otermaと表記[1] )は、1867年1月22.9日にコッジア(フランス)によって発見されました。コッジアはその天体を未知の系外銀河と考えました。同24日にはステファンが、同28日にはテンペル(Tempel)がそれぞれ彗星として独立発見しました。この彗星は周期約40年の天王星族の周期彗星ですが、1905年から1906年の再帰時には検出されませんでした。2回目の再帰となった1942年。オテルマ(フィンランド)によって11月6日に再検出されました[2] 。清水氏のはがきには、データが右下に小さく記入されています。時局を考えて、英語が目立たないように気を付けたのかもしれません。

(資料は伊達英太郎氏天文写真帖より)

*崩し字の解読は、柴田哲男様(古文書勉強会)にしていただきました。

 [1] 神田茂氏(東京天文台)は、オテルマ彗星(1942e)を1867年に発見されたステファン彗星(1867I)と同一の彗星だと確定しました。神田氏と親しかった清水氏はその情報をいち早く知ったようです。清水氏がどうして彗星名にステファンを加えなかったのかは不明です。1942年末から1943年初頭、この彗星のよび方はまだはっきりとは決まっていなかったようです。

観測部月報(1943),東亞天文協会,天界23(260) :68.

[2] 38P/Stephan- Oterma ,GARY W. KRONK’S COMETOGRAPHY

https://cometography.com/pcomets/038p.html (2026/06/27アクセス)

中村鏡とクック25cm望遠鏡

2016年3月、1968年製の15cm反射望遠鏡を購入しました。ミラーの裏面には、「Kaname Nakamura maker」のサインがありました。この日が、日本の反射鏡研磨の名人との出会いの日となりました。FRP反射鏡筒として現代に蘇った夭折の天才の姿を、天体写真等でご紹介します。また、同時代に生きたキラ星のような天文家達を、同時期に製造されたクック25cm望遠鏡の話題と共にお送りします。

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