射場天体観測所(4)

19cm(7.5インチ)屈折赤道儀

 射場天体観測所の主要器械である19cm屈折赤道儀です。レンズは中村要氏作(1930年製作)、機械部は西村製作所製です。当時の販売価格は4000円(現在の貨幣価値に換算すると約2000万円、これには同架されていた星野カメラの価格は含まれていません)レンズ研磨にあたって、中村要氏は反射鏡製作の技術を用い、非球面を採用したことが分かっています。第4面は平面です。

1枚目の写真裏には射場天体観測所のスタンプが押されています。「Y. IBA ASTRONOMICAL OBSERVATORY., Gochome, Ohte,Kobe, Japan.」

射場天体観測所絵ハガキとして写真帖に残されていたものです。

この写真の裏面には射場氏の通信文がありました。

「冠省 弊観測所ポストカード自作仕候條 一揃呈上仕候 左足を捻じ歩行困難のため内外不出に候へとも 杖をつきつつ毎夜観測丈けは致居候 匆々(そうそう、取り急ぎの意) 十四の夜 射場生 昭和8年2月15日」

19cm屈折赤道儀の鏡筒の向きが異なった写真です。


 これは西村製作所のカタログに掲載された、19cm屈折赤道儀の写真です。人物は西村氏兄弟。(カタログには7インチと記載されていました)

「前 七インチ屈折、奥 六インチ反射、神戸射場氏納入」

 1933年西村製作所No.7のカタログに掲載された、射場天体観測所の19cm屈折赤道儀です。西村製作所は7インチ、射場氏は7.5インチとよんでいます。納入は1930年(昭和5)11月です。


 よく似た写真が並びますが、これには観測用のいすが写っています。

「前略 改装の赤道儀御覧に入れ申候 四インチ半 五インチ半 双方共 筒同長に致申候 天候悪く初観測出来不申候 敬具 昭和九年九月十九日」

「神戸射場観測所の19cm屈折赤道儀 向って右 五インチ半写真儀」

「近隣燈火を防ぎ 併せて寒風を防ぐために黒幕を張ります」

「向って右 5 1/2" F4.5 Helar 、向かって右4 1/2" F4.5 Tessar」

「観測台上にて 射場生 冠省 新彗星発見(カラスコ,1933d)に関する東京天文台の告知電報に接し 焦慮居候へとも 雲に妨げられ大井に閉口罷在候 望遠鏡表近く最新のものとして呈上仕可候 七月二十日夜半 匆々(そうそう)」

 通信文にある「望遠鏡表」は、国立天文台アーカイブ新聞692号, 699号でご覧になれます。

 日食観測用に白く塗られた19cm屈折鏡筒の写真です。写真の左下には8インチ写真赤道儀の文字が見えます。

「当日の白色筒、今や元の如く黒塗りに致候」

 19 cm 屈折赤道儀は戦後東京天文台に寄贈され、掩蔽移動観測に使用されました。

(参考文献)

中村要「反射屈折天体望遠鏡作り方観測手引・新光社

日本アマチュア天文史編纂会(1994)『続日本アマチュア天文史』,恒星社厚生閣:285

(写真は伊達英太郎氏天文写真帖より)

中村鏡とクック25cm望遠鏡

2016年3月、1968年製の15cm反射望遠鏡を購入しました。ミラーの裏面には、「Kaname Nakamura maker」のサインがありました。この日が、日本の反射鏡研磨の名人との出会いの日となりました。FRP反射鏡筒として現代に蘇った夭折の天才の姿を、天体写真等でご紹介します。また、同時代に生きたキラ星のような天文家達を、同時期に製造されたクック25cm望遠鏡の話題と共にお送りします。

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