1936年の日本にある主な望遠鏡リスト
上は射場保昭氏が1936年に作成した、日本にある望遠鏡リストです。屈折望遠鏡は4インチ(10cm)以上、反射望遠鏡は6インチ(15cm)以上、天体写真機は2インチ(5cm)以上がリストアップされています。リストは左から、場所、所有者、口径、架台形式、メーカー、用途の順です。1枚目には、東京天文台の26インチ屈折望遠鏡から松本高等学校の5 1/2インチ屈折望遠鏡までの43台が掲載されています。
2枚目には、沓掛氏(長野県)の4インチ屈折望遠鏡から射場天体観測所の4インチアストログラフまでの44台が掲載されています。下から7番目には海洋気象台の10インチ(クック社)が掲載されています。
3枚目には、台北公会堂天文台(台湾)の4インチ屈折望遠鏡から百済教授(大阪)の自作7インチ屈折望遠鏡までの9台が掲載されています。台北公会堂天文台については、幣ブログに記事「蔡章献氏 1941年(昭和16)の火星スケッチ(4) 」がありますのでご覧ください。
https://double-cluster2018.amebaownd.com/posts/19868775?categoryIds=12622950
以下は3枚目リストの英文と翻訳です。
「Because of lack of necessary data and also of their instrumental value in observation, the complier had no option but to exclude refractors with aperture less 4” and in reflectors those below 6” ubiquitous throughout this flourishing
Island Empire of Rising Sun. The rumor to the effect that Goto Kogaku sold 8 or 9 more 4” equatorial refractors in addition to that which was installed at Hinode Jiogakko, Meguro, quite recently, is not yet ascertained, so far not traced at all.
As regard reflectors there are many, alleged to have been made with the hands of the owners. So far as the writer’s teats at various places go. However, they are, almost without a single exception, concave and not parabolic mirrors, which please note.
In compiling this list, the Writer is under groat obligation to
Prof. Dr. K. Saotome., Prof. K. Kudara., Late K. Nakamura., Mr. K. Kubokawa., Mr. J. Nishimura., Mr. S. Goto., for their valued information and corrections.
Y. Iba., Ohte. Kobe. 1936.4.16」
「必要なデータが不足していること、また観測における実用的な価値の観点から、編者はこの繁栄する「日出ずる国の島国」の至る所に存在する、口径4インチ未満の屈折望遠鏡および6インチ未満の反射望遠鏡を、やむを得ず除外せざるを得なかった。ごく最近、目黒の日の出女学校に設置されたものに加え、五藤光学がさらに8台か9台の4インチ屈折赤道儀を販売したという噂については、現時点では確認されておらず、全く手がかりも得られていない。反射望遠鏡に関しては、所有者自身の手で製作されたとされるものが多数存在する。筆者が各地で目にした限りではそうである。しかし、これらはほぼ例外なく、放物面鏡ではなく凹面鏡であることに留意されたい。
本リストの作成にあたり、筆者は以下の各位から貴重な情報と訂正を賜り、深く感謝申し上げる。
早乙女 清房教授、百済 教猷(きょうゆう)教授、故中村 要氏、窪川一雄氏、西村治三郎氏、五藤齊三氏
射場保昭、大手 神戸 1936年4月16日」
4枚目からは反射望遠鏡になります。光学工業(東京、現トプコン)の20インチから、スコフィールド氏(神戸)の8インチまでの44台の反射望遠鏡が記載されています。
(余談ですが、リストの下から17番目にある「Osaka. Mr K. Namikawa 6” 」が私が所有している中村鏡(No.44)付の反射望遠鏡です。現在の器械部は、前オーナーが昭和43年に新調したものです)
5枚目には残りの12台の反射望遠鏡と、存在は確認されたが現在の所有者が不明の6台の反射望遠鏡、反射鏡のみの4枚が掲載されています。N.B.(注)以下の英文と翻訳です。
「N.B. N=K. Nakamura K=S. Kibe. A=E. Adachi. U=K. Uyeno. sK=K. Sakamoto.
L=Linscott. C=Calver. I=Irving. E=Ellison. S=Slade. Y=Yamazaki.
Thanks must be due to:
Messre. J. Nishimura. S. Kibe. E. Adachi. Late K. Nakamura
for their esteemed information.
Y. Iba., Ohte. Kobe. 1936. 4. 16.」
「注:N=中村要、K=木辺成麿、A=足立英一、U=上野皎吉、sK=坂本鑒四郎。
L=リンスコット、C=カルバー、I=アーヴィング、E=エリソン、S=スレイド、Y=山崎。
以下の皆様に感謝申し上げる:
西村治三郎氏、木辺成麿氏、足立英一氏、故中村要氏
貴重な情報をご提供いただいた。
射場保昭、大手、神戸、1936年4月16日」
6枚目からは2インチ(5cm)以上の天体写真機のリストになります。その中で、東京天文台は7台、京都帝大花山天文台は10台(半数が反射鏡)、射場天体観測所が8台となっています。このページの合計は41台です。
7枚目には残り3台の天体写真機が掲載されています。以下は追記事項の英文と翻訳です。
「Kioto. Imp University. Refer to the under-mentioned: -
There is ample reason to believe that 3 lenses have been purchased by Astronomical Institute at Yosida, presumably 3 to 5 inch, with view to inaugurate asteroid observation after eclipse. 」
「京都帝国大学については、以下の内容をご参照されたい。
日食後の小惑星観測を開始する目的で、吉田の京都帝大天文台が3台のレンズ(おそらく3~5インチ級)を購入したと考えるに足る十分な根拠がある」
「Revision has been made possible through the courteous assistance of:-
Prof. Dr. K. Saotome., Late K. Nakamura., Mr. K. Kubokawa., Mr. S. kibe. Mr. S. Goto.
Y. Iba., Ohte. Kobe. 1936.4.16」
「今回の改訂は、以下の皆様からの厚意ある協力により実現した:
早乙女 清房教授、故中村 要氏、窪川一雄氏、木辺成麿氏、五藤齊三氏。
射場保昭、大手 神戸 1936年4月16日」
上の記述から、1936年制作の望遠鏡リストは改訂版であることが分かります。
1933年7月20日に射場氏から伊達氏に送られたはがきにも「望遠鏡表」が出てきます。
射場氏は1933年以前から「望遠鏡リスト」を作成し、改訂を重ねていたことが分かります。
(引用文献)
中桐正夫(2013)「射場保昭氏による1936年の日本にある主な望遠鏡リスト」国立天文台・天文情報センター,アーカイブ新聞 第692号
(はがきは伊達英太郎天文資料より)
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