1938年(昭和13)の惑星スケッチ(2)

 今回ご紹介するのは、坂上務(さかのうえつとむ、1921-2018)氏です。

 坂上氏は鹿児島県出身。九大教授(農学部、後に名誉教授)、東亜天文学会会長、せんだい宇宙館名誉館長などを歴任されました。気象学と天文学の境界領域を研究され、「星空を楽しむための気象学」「暦と星座のはじまり」等の著書を残されました。1941年(昭和16)9月21日の台湾富貴角の皆既日食に、最年少のアマチュア天文家として、山本一清氏らと共に参加しました。

 この著書を出版されたのは、坂上氏が84歳の時になります。

(参考文献)

日本アマチュア天文史,日本アマチュア天文史編纂会,恒星社厚生閣,1987,P78

星空を楽しむための気象学,坂上務,河出書房新社,2005

(写真は伊達英太郎氏天文写真帖より、資料は全て伊達英太郎氏保管)

中村鏡とクック25cm望遠鏡

2016年3月、1943年製の15cm反射望遠鏡を購入しました。ミラーの裏面には、「Kaname Nakamura maker」のサインがありました。この日が、日本の反射鏡研磨の名人との出会いの日となりました。GFRP反射鏡筒として現代に蘇った夭折の天才の姿を、天体写真等でご紹介します。また、同時代に生きたキラ星のような天文家達を、同時期に製造されたクック25cm望遠鏡の話題と共にお送りします。

2コメント

  • 1000 / 1000

  • double_cluster

    2021.05.16 22:18

    ありがとうございます。中野繁氏の木星スケッチ、アップする際に不具合があり、ご迷惑をおかけしました。1939年のスケッチを整理していたところ、カラースケッチがかなりあることが分かりました。坂上務氏は、軍役で一時東京にいらしたようです。東京天文台にも出入りしておられたようです。(日本アマチュア天文史より)
  • manami.sh

    2021.05.16 14:28

    中野繁氏は、結構、木星スケッチを取られていたんですねぇ。 坂上務氏は、苗字(さかのうえ)はそのようにお読みするとは、わかりませんでした。 一時期、東京にいらしたように記憶していますが。 カラースケッチの掲載ありがとうございます。四吋では、前田氏のカラースケッチとは 意味合いも違いますし、比較することはできませんが、チャレンジでしょうか。 火星のカラースケッチでは、鈴木寿子様が1972年頃に6cm屈経で描かれていたのを思い 出しました。 屈折望遠鏡で、口径5cm、もっと小口径ででも、惑星観測や月面を観測していた方は 戦前はいなかったものなのでしょうか。いらっしゃつたとしても報告しなければ、 記録には残らないでしょうが。