野尻抱影氏(2)

 1932年(昭和7)10月6日消印のハガキです。送り主は、冥王星の名付け親としても有名な野尻抱影氏(のじりほうえい、1885~1977)、宛先は伊達英太郎氏(1912~1953)です。

 野尻抱影氏の著書には、「日本星名辞典」・「星三百六十五夜」等、有名なものが多数あります。実弟は、大佛次郎賞で有名な、大佛次郎氏(おさらぎじろう)です。

 達筆な崩し字でしたが、分かる範囲で判読してみました。

 『拝啓 「ミルキー・ウェイ」 有難く 落手 立派な出来栄えと 感心致しました。

岩橋善兵衛のことは 僕も「閑田次筆」(かんでんじひつ)から 度々引用しましただけに

興深く拝読しました。福井氏の「星雲星団巡礼」の 熱心な担当を 推奨します。

いつも熱心に 一部のファンを 率いられていることに 敬意を表します。

今後ともの 御発展を祈ります。 以上 御礼のみ 草々』

 当時、野尻氏は47歳。研究社の編集長であり、天文界の重鎮でした。一方、伊達英太郎氏は20歳。実際に、野尻氏が感心するほどの内容が、「ミルキーウェイ」には書かれていました。

 1933年(昭和8)、野尻抱影氏から伊達英太郎氏への年賀状です。

(参考文献)

天文学人名辞典,中山茂編,恒星社,1983

日本アマチュア天文史,日本アマチュア天文史編纂会,恒星社厚生閣,1987

中村鏡とクック25cm望遠鏡

2016年3月、1943年製の15cm反射望遠鏡を購入しました。ミラーの裏面には、「Kaname Nakamura maker」のサインがありました。この日が、日本の反射鏡研磨の名人との出会いの日となりました。GFRP反射鏡筒として現代に蘇った夭折の天才の姿を、天体写真等でご紹介します。また、同時代に生きたキラ星のような天文家達を、同時期に製造されたクック25cm望遠鏡の話題と共にお送りします。

2コメント

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  • double_cluster

    2022.04.22 08:23

    コメントをありがとうございます。コンデジでの太陽面撮影は、成功する時と失敗する時の差が大きいように思います。オートで上手く黒点にピントが合えば良いのですが。マニュアルで距離を無限遠にして撮影したこともあるのですが、露出やシャッタースピードが合わなかったりと、ややこしかったです。結局、太陽面撮影は、オートが便利なようです。 福井氏は、伊達氏との関わりが深く、海洋気象台からクック望遠鏡を移譲することにも尽力された功労者です。中村要氏、伊達氏、福井氏、クック望遠鏡・・・、密接に繋がっていますね。次回は、星雲星団巡礼をご紹介する予定です。
  • manami.sh

    2022.04.21 22:22

    コンデジで太陽も撮影してみました。コンデジの画面では気流の変化がよくわかるように感じました。 月よりも難しいような。野尻氏の文面、言われるように達筆ですねぇ。黄道光課の通信もすごいです。 福井氏については、これまではOAA月面課長、火星観測者というイメージが強かったですが、それ以前での活躍やその他の観測がわかってとても驚きでした。