倉敷天文台のカルバー32cm反射鏡に関する中村要氏の文章を、詳しくご紹介します。
「天文同好会倉敷天文台32cm鏡 中村要
この鏡面は口径315mm、焦点距離249cmあってG.Calver108というサインがあり、ガラス材は明らかにCast disk(鋳込み円盤)で厚さは50mmある。
この反射鏡が京都に着いてから二回にわたって地下室の定温の下で鏡面検査を行った。
筆者はこれ程整形の完全な鏡は他に知らない。全く平坦な何一つ欠点のない鏡面である。鏡面で見える特長は明らかに故意に鏡の端が負修正がとってあって、収差をグラフにすれば、極めて平坦である。少なくとも製造者の驚くべき技術の現れである。
筆者がこの鏡面を見たのは15號を終わってからであるが、16號から自分の製造方針が完全に一変し、今でもこの鏡面を手本としているくらい深い感銘を与えた。
周辺及び像の質から見れば、京大13インチにやや劣るが、単に一個の暗室内の試験対象物として見、或いは製造者の技術云々に対しては驚くの外はない。
筆者は単に、この光学面が人類の作り得る最善のものである事を述べて、この鏡面の完璧さを示したい。
但し不幸、平面鏡が完全でない為に(カルバー製に非ず)著しく能率を失っている事を惜しんでおきたい。(中略)
筆者の経験より見れば、何れ(京大天文台13インチ鏡、天文同好会倉敷天文台32cm鏡、スコフィールド氏所有8.5インチ鏡、中村要氏所有6.6インチ鏡、小山秋雄氏所有5.25インチ鏡)の鏡面も人類の手を持って製造しうる最善のものであり、この鏡面に非難の言葉を与えるものがあれば、彼は人間の能力の限度を無視せるものである事を言っておきたい。
鏡面の示す技術の冴えは、数十個の鏡を作ってはじめて知りうることである。
カルバーの鏡を知る人は、カルバー鏡には不完全な鏡は存在しないというに一致している。カルバーの作った眼視鏡で一つとして実用上不完全として知られたものはなく、製造者の名を信じて安心して求める事ができると言われている。
一個の完全な鏡を作る人は、素人とても不可能な事ではない。ただし、鏡の全てが完全である事とは全然異なった問題である。後者のためには、製造者の最も大なる技術と熟練を要する。
如何なる鏡でも他者が鏡面修正を試みたものは除いて、カルバーのサインのある鏡なれば信用して求めてよいと言われている。(中略)
即ち現在に於いては本場の英国に於いても彼の後継者は見出されない。又至大の熟練を要する製作であるが為、近い将来に於いて彼程の技術者も現れそうもない。又此れは過去数十年に於いても事実であった。彼の死は単に英国の損失のみならず世界の大なる損失である。(後略)」
((中村要氏の文章・カルバー氏の写真共「天界」第79號より引用))
中村要氏は、初期に製作した反射鏡を再研磨し、自身が製作した鏡に更に完璧を求めました。これは、「カルバー鏡には不完全な鏡は存在しない」ということにインスピレーションを受けたからではないかと想像します。
ところで、倉敷天文台の歴史を調べて、上の写真に書かれた言葉の意味がようやく分かりました。
水路部(海軍)は、1942年(昭和17)、カルバー32cm反射望遠鏡一式を接収しました。水路部の業務(天体暦・航海暦編集)のために、月による掩蔽(月が恒星を隠すこと)を観測する必要がありました。
接収後、カルバー32cm反射望遠鏡が辿った道のりは以下の通りです。
1942年(昭和17) 水路部がカルバー32cm反射望遠鏡一式を接収
(倉敷天文台での使用期間16年間)
1953年(昭和28) 4. 1 倉敷水路観測所発足(倉敷天文台の施設・敷地を利用)
1954年(昭和29) 3.23 カルバー32cm鏡を木辺鏡(焦点距離2.5mニュートン)に交換
1955(昭和30)10.11 主鏡をカセグレン焦点(木辺鏡、焦点距離10m)に交換
(「水路部における天文観測について」より引用)
監物(けんもつ)邦夫氏は、少年時代から本田實氏の元に出入りして指導を受けました。また、本田實氏の活動拠点であった倉敷天文台と同じ構内にあった、倉敷水路観測所の所員や所長として、18年にわたって本田實氏の近くで仕事をしました。
本田實氏は、倉敷水路観測所とも、良好な関係をもたれていたようです。
(「日本の天文台」より引用)
1966年(昭和41)8.4 カルバー32cm鏡を倉敷天文台に返還(接収から24年ぶり)
(原澄治氏から山本一清氏への手紙、山本一清氏の第六管区海上保安本部への働きかけがありました。)
1983年(昭和58)4.4敷地及び施設を倉敷天文台に返還(接収から41年ぶり)
(引用)
故カルバー氏の追憶,中村要,天界1927(79)400-408,天文同好会
(参考文献)
日本の天文台,月刊天文ガイド編,誠文堂新光社,1972
倉敷天文台のあゆみ~大正・昭和・平成そして未来へと~,公益財団法人倉敷天文台
水路部における天文観測について,奥村雅之,海洋情報部研究報告 第58号 令和2年3月19日
その他発表以外の参考記事,冨田良雄,第4回天文台アーカイブプロジェクト報告会集録,2014.4:29-75
星の手帖'91夏第53号,阿部昭,河出書房新社,1991
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