17.5 cm 屈折赤道儀
「17.5 cm 中村鏡屈折赤道儀写真望遠鏡(左)」「15 cm 中村鏡反射赤道儀望遠鏡(右)」
「17.5 cm 中村鏡屈折赤道儀写真望遠鏡)」と「15 cm 中村鏡反射赤道儀望遠鏡」の写真の裏にも、射場天体観測所のスタンプが押されていました。
上の写真は、口径17.5 cm F12の屈折赤道儀です。レンズは中村要氏作(1930年製作)、機械部は西村製作所製です。当時の販売価格は4000円(現在の貨幣価値に換算すると約2000万円、これには同架されていた星野カメラの価格は含まれていません)レンズ研磨にあたっては、中村要氏は反射鏡製作の技術を用い、非球面を採用したことが分かっています。第4面は平面です。
写真裏面の通信文
「弊所観測ポストカード 自作仕り候 一揃え呈上仕り候 左足の捻挫 歩行困難のため門外不出に候えども 杖をつきつつ 毎夜観測だけは致し居り候 十四の夜 射場生 昭和8年2月15日」
「前略 改装の赤道儀御覧に入れ申候 4インチ半 5インチ半 双方共筒〇長に致申候 天候悪く初観測出来不申候 敬具 昭和九年九月十九日」
写真裏面の射場氏の書き込み
「向って左 5 1/2インチHeliar 左 4 1/2インチTessar」
観測台上にて
「冠省 新彗星発見(カラスコ)に関する東京天文台の告知電報に接し焦慮致居候 雲に妨げられ大井(原文ママ)に閉口罷在候 望遠鏡表近く最新のものとして呈上仕可候 昭和八?年七月二十日夜半 ◯◯」
18cm屈折赤道儀のクローズアップと、日食観測用に鏡筒が白く塗られた鏡筒の写真です。下の写真の奥には、8インチ写真赤道儀の文字が見えます。
「当日の白色筒、今は元の如く黒塗に致候」
上の写真は、西村製作所のカタログに掲載された18cm屈折赤道儀です。右が西村新一郎氏、左が西村繁次郎氏と思われます。
17.5 cm 屈折赤道儀は、戦後東京天文台に寄贈され、掩蔽移動観測に使用されました。
(参考文献)
高橋周(2013)「新興肥料商の成長と貿易商―鈴鹿保家商店と兼松房次郎商店 」,文京学院大学経営学部, 経営論集19(1): 21-36
竹本修三 (2011年). “明月記の客星出現の記録を海外に紹介した日本人-射場保昭氏について (doc)”. 京1000年天文学街道(小山勝二)
竹本修三「屈折・反射望遠鏡に関するエインスリー対ウォーターズの論争に加わった射場保昭 (PDF) 」 『天文月報』第106巻第10号、日本天文学会、2013年、 675-683頁
竹本修三「明月記をめぐる射場保昭と神田茂・井本進との交わり (PDF) 」 『天文月報』第108巻第7号、日本天文学会、2015年、 429-437頁
中桐正夫「射場天体観測所の7吋半屈折望遠鏡の行方(京都大学名誉教授・竹本修三) (PDF) 」
中村要「反射屈折天体望遠鏡作り方観測手引・新光社
日本アマチュア天文史編纂会(1994)『続日本アマチュア天文史』,恒星社厚生閣:285
(2枚目以降の写真は、全て伊達英太郎氏天文写真帖より)
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2020.06.21 09:57
2020.06.21 09:33