1935年(昭和10)の火星スケッチ(8)

 今回は、伊達英太郎氏の火星スケッチをお目にかけます。意外なことに、伊達氏の1935年の火星スケッチは、3枚しか残っていません。代わりに、伊達氏の機材等の写真は豊富にありますので、スケッチと併せてご覧ください。

 11.5cm反射経緯台(SHIROGANE号)と伊達英太郎氏です。一番上は、自宅に設けられた観測台での伊達氏です。4枚目写真左に写っているのは、36mm屈折経緯台(五藤光学のダイアナ号ではないでしょうか。)です。SHIROGANE号は、木製の四角鏡筒から金属鏡筒に変更されました。主鏡は酒巻菊治氏が研磨し、中村要氏が修正研磨した物です。

 21歳頃の伊達英太郎氏です。

 伊達氏の1935年の惑星スケッチは、この他に金星が2枚、木星が11枚、土星が4枚残されています。順次ご紹介していく予定です。

(写真は伊達英太郎氏天文写真帖より、資料は全て伊達英太郎氏保管)

中村鏡とクック25cm望遠鏡

2016年3月、1943年製の15cm反射望遠鏡を購入しました。ミラーの裏面には、「Kaname Nakamura maker」のサインがありました。この日が、日本の反射鏡研磨の名人との出会いの日となりました。GFRP反射鏡筒として現代に蘇った夭折の天才の姿を、天体写真等でご紹介します。また、同時代に生きたキラ星のような天文家達を、同時期に製造されたクック25cm望遠鏡の話題と共にお送りします。

3コメント

  • 1000 / 1000

  • manami.sh

    2021.04.17 06:18

    ありがとうございます。36mmは、五藤光学のダイアナ号でしたか。カタログの五藤光学の書体も 興味深いです。
  • double_cluster

    2021.04.17 04:55

    いつもコメントをありがとうございます。「日本アマチュア天文史」によると、伊達英太郎氏が遊星面課長になったのが1939年ですから、それまでのスケッチは、木辺課長の元に届けられていたのかと推察します。伊達氏は自作派ではなかったようですから、36mm屈折は、五藤光学のダイアナ号ではないでしょうか。三脚は五藤製ではないかもしれません。写真をこのサイトに追加しますので、どうぞご覧下さい。
  • manami.sh

    2021.04.17 01:15

    木辺氏が「天界」に載せている1935年の火星観測の報告をみると、伊達氏の火星スケッチは、もっと枚数が多いのですが.....。36mm屈折は、既製品でしょうか、自作なのでしょうか。観測に使用しているアイピースはオルソ6mm,ミッテンゼー9mmですが、国産(五藤光学or西村)でしょうか。機材も気になります。 伊達氏の金星スケッチも楽しみです。